東京オリンピックや2022年に行われたWカップのメンバーとして活躍している、プロサッカー選手の堂安律(どうあん りつ)さん。
そんな堂安律さんの父親と母親は凄腕の会社経営者で、兄は元プロサッカー選手だと話題になっていました。
そこで今回は、堂安律さんの父親や母親、兄などの家族についてご紹介します。
堂安律の家族構成
堂安律さんの家族構成は、両親と兄2人の5人家族です。
・父親
・母親
・長男
・次男
・堂安律さん
兵庫県尼崎市に生まれた堂安律さんは、両親と2人の兄に囲まれて育ちました。
そんな堂安律さんは幼い頃、2人の兄に影響を受けてサッカーを始めるように。
よく兄に挑んでは負けてを繰り返していたものの、諦めずに何度も挑戦していたといいます。
5歳だった律少年は8歳上の兄・麿(まろ)さんと3歳上の兄・憂(ゆう)さんを追いかけて、ボールを蹴り始めた。
105センチ、20キロ。小柄な体で兄に1対1を挑んでは負けてを繰り返し、憂さんは「負けたら泣く。ほとんど泣いて家に帰っていた」と振り返る。
負けず嫌いを前面に出す今の姿は幼少期のままだ。
引用元:サンスポ
そんな堂安律さんは、わずか3歳の頃から9歳まで浦風FCでサッカーを学び、同時にヴィッセル神戸のサッカースクールにも通っていたとのこと。
そして中学に進学する際に、ガンバ大阪ジュニアユースへと入団しました。
ジュニアユース時代には史上初となるU-15年代全国3冠を達成し、攻撃的なMFとして頭角を現すようになったそうです。
2019年にはオランダ1部リーグに渡り、自身の鋭いドリブルとシュートを武器に活躍するように。
現在はブンデスリーガのSCフライブルクへ移籍して活動しているほか、Wカップの一員としても試合に出場して活躍しています。
堂安律の父親と母親の職業は会社経営者?
父親は経営者で代表取締役
プロのサッカー選手として活躍している堂安律さんですが、実は父親は会社経営をしていることが分かりました。
父・哲也(てつや)さんが経営しているのは有限会社堂安工業で、管工事業などを行っている会社です。
さらにそれだけでなく、株式会社浦和機工の代表取締役にも就任していました。
実はこの会社には堂安律さんの母方の祖父も代表取締役として名を連ねていたことから、母方の一族が経営している会社に勤めていることが考えられます。
複数の会社を経営しているということで、非常に仕事に対して優れた人物なのかもしれません。
母親は介護施設の経営者
堂安律さんの父親は管工事業の会社を経営していることが分かりましたが、なんと母親も介護施設を経営していたといいます。
母・美幸(みゆき)さんは地元の兵庫県尼崎市で介護施設を経営していたそうですが、該当する介護施設については特定できませんでした。
「彼のお母さんは地元で介護施設を運営していたんです。律はそんなお母さんが大好きで、とても尊敬しています。お母さんの話を始めたら止まらないくらいで、マザコンかなって思うほど(笑)」(前出・友人)
母は介護の仕事をしながら、父が経営する会社も手伝い、さらに堂安選手が小学生のころには、西宮のサッカークラブまで車で送迎し続けた。
引用元:女性自身
また、自分で介護施設を経営しながら、父・哲也さんの会社の手伝いもしていたとのこと。
そのため母・美幸さんは全く違う業種ながらも、両方の経営に携わっていたと考えられます。
現在も介護施設の運営をしているかは不明ですが、もしかすると介護施設を辞めて父・哲也さんの会社を一緒に支えているのかもしれませんね。
堂安律の兄は元サッカー選手の堂安憂!
2番目の兄は元サッカー選手だった
ご両親が両方とも経営者という凄い家族であることが分かった堂安律さんですが、実は2番目の兄も元サッカー選手であることが分かりました。
2番目の兄は堂安憂(どうあん ゆう)さんと言い、2018年からAC長野パルセイロに入団。
選手として活躍していたものの、2021年に現役を引退しました。
現在は地元である兵庫県尼崎市でサッカースクールを経営しており、堂安律さんと共同経営しているそうです。
そんな堂安憂さんは元々、大学卒業後は一般企業への就職を考えていたとのこと。
しかし当時サッカー選手として活躍していた弟から背中を押されたことで、サッカー選手になることを決意したといいます。
大学卒業後は一般企業への就職を考えていたが、オランダでプレーしていた弟から「(プロを)目指してみーや」と背中を押されたことが転機に。「僕も弟が頑張っているのなら一緒に夢を見たいと思った」と覚悟を決めた。
引用元:産経新聞
堂安憂さんはプロとして活躍していた弟に背中を押されてサッカーを始めたという、素敵なきっかけがあってサッカー選手となっていたんですね。