2022年グランプリファイナル2位を獲得した、フィギュアスケーターの山本草太(やまもとそうた)選手。
この記事では「山本草太選手のプロフィール、歴代コーチ、経歴や成績」について紹介していきます!
山本草太のWikiプロフィール
本名:山本草太(やまもとそうた)
生年月日:2000年1月10日
年齢:23歳
身長:173.0cm
血液型:O型
出身地:大阪府岸和田市出身
出身大学:中央大学在学中
出身高校:愛知みずほ大学瑞穂高等学校
出身中学校:愛知県名古屋市立東港中学校
職業:フィギュアスケート選手
山本草太の家族構成
山本草太選手は、3人家族です。
・父
・母
・山本草太
兄弟はおらず、一人っ子のようです。
フィギュアスケートを始めたきっかけ
山本草太選手の母親の趣味がフィギュアスケート観戦で、幼少期から一緒にテレビで観戦をしていたそうです。
6歳の時に、トリノオリンピックでエフゲニー・プルシェンコ選手が金メダルを獲得しました。
その試合を見ていた山本草太選手は、「僕も金メダルが欲しい」と言って
大阪市立臨海スポーツセンターに連れて行ってもらったそうです。
この出来事が、山本草太選手がフィギュアスケートを始めるきっかけとなりました。
山本草太の歴代コーチは?
長久保裕(ながくぼひろし)コーチ
長久保裕コーチは、1972年の札幌オリンピックで日本代表に選ばれた元フィギュアスケート選手です。
1967~1972年の全日本選手権では5年連続で一位を獲得しています。
山本草太選手は、長久保裕コーチの指導を受けるために中学1年生の夏に大阪から名古屋へ引っ越しました。
しかし、長久保裕コーチは2017年に家庭の事情で長期の休みが必要になり退任されています。
樋口美穂子(ひぐちみほこ)コーチ
樋口美穂子コーチは、元フィギュアスケート選手で、現在はコーチ兼振付師をしています。
1982年の全日本ジュニア選手権では2位を獲得しています。
山本草太選手は、19~20シーズンの全日本選手権を終えると拠点を名古屋から地元の関西に移します。
そこで、グランプリ東海フィギュアスケーティングクラブの樋口美穂子コーチの指導を受けることになります。
樋口美穂子コーチは2022年3月、グランプリ東海フィギュアスケーティングクラブから独立し、新たに「LYSフィギュアスケートクラブ」を設立しています。
山田満知子(やまだまちこ)コーチと本郷裕子(ほんごうゆうこ)コーチ
山田満知子コーチは、元フィギュアスケート選手(ペア)で、現在はコーチをしています。
1959年の国民体育大会で一位、1960年の全日本ジュニア選手権や全日本選手権では2位を獲得しています。
本郷裕子コーチは、元フィギュアスケート選手で、2021年に現役を引退された本郷理華さんの母親です。
山田満知子コーチは指導に加えて精神面での支えになることが多く、本郷裕子コーチには技術的なことを細かく指導してもらっているそうです。
山本草太の経歴や成績!はジュニア時代が黄金期だった?
山本草太のジュニア時代の成績
山本草太選手は、ジュニア時代にアクセルを含む6種類の3回転ジャンプと4回転トウループを競技会で成功させています。
・2014年 ジュニアグランプリファイナル 2位
・2015年 世界ジュニア選手権 3位
・2015年 ジュニアグランプリファイナル 3位
・2015年 ユースオリンピック 1位
良い成績を残していた山本草太選手ですが、
2016年3月、世界ジュニア選手権への出発当日の練習中に3回転アクセルで転倒し、右足首を骨折、一度競技会から離れることになります。
ジュニア時代の山本草太選手は、好成績を残していたみたいですね!
「ジュニア時代が黄金期だった」という声もあるようですが、シニア移行後の成績も見ていきましょう。
山本草太のシニア移行後の成績
2016年5月、氷上練習を再開しましたが、復帰予定であった10月の西日本選手権直前に再び怪我をしてしまいます。
2017年9月、3度の手術を経て中部選手権で復帰しました。
・2018年 CSアジアフィギュア杯 1位
・2019年 CSフィンランディア杯 2位
・2021年 CSワルシャワ杯 1位
・2022年 GPファイナル 2位
・2022年 GP NHK杯 2位
・2022年 GPフランス杯 2位
怪我によって一度フィギュアスケートから離れてしまった山本草太選手ですが、復帰から一年経った2018年以降は数多くの好成績を残しているようです。
ジュニア時代と比べても遜色ない活躍ぶりですよね!